先日 Andy (敬虔なキリスト教徒)と話をしていた時の話。
彼は日本の文化に非常に興味があり、その学びの一環として空手を習っているのですが、練習の前に「八訓」を皆で唱えるそうです。
その中で「一つ。我々は神仏を尊び」と言うのがどういう意味かというディスカッションになりました。
皆さんは日本人としてこれを(英語で)ストイックなプロテスタントの外国人の彼に説明できますか?
そもそも、あなたは自分が何教か説明できますか?仏教徒?「実家は浄土真宗です。」とか?本当にその宗教を信じていますか?
私は幸運にもカトリックを(異文化を理解する教養として)学ぶ機会に恵まれていますので、ある程度の説明はできました。戦前の富国強兵教育からの反省から敗戦後の教育が極端に「無宗教」に偏向してしまった事などを含めて様々な説明をしましたが、それでも彼のような敬虔なキリスト信者にはとうてい説明し切れませんでした。むしろ彼から教わった事の方が多かったですね。
この時期日本ではどういう訳かハロウィーンで盛り上がっています。クリスマスのシーズンも同様です。この街の「空騒ぎ」を見ていると、私は同じ日本人として恥ずかしい気持ちになります。
人生に於いて、一年でも早く、一度はクリスマスにカトリックの教会のミサに足を運んでみる事をお勧めします。敬意さえ持っていれば、誰でも中に入れますよ。座っていれば、訳がわからなくても肌で感じるものがあると思いますし、それだけでも学びや気付きの宝庫のはずです。
文化と宗教は表裏一体で、せめてそれ位は「肌で感じて」知っておかないと、外国人と本当の(同等の)関係は築けないと思います。更に言うなら、歯の美しさ(お口の健康維持の状態)も彼らと同等であるべきですね。その上に国際語である英語を喋る事ができれば、やっと同じ土俵に上がった、となるのではと思います。
先進国とは国民にそのような「精神と肉体の余裕がある文化的な国」の事なのでしょう。日本の経済力は先進国ですが、個々の日本人は宗教の話もアンタッチャブル(話題に上げる知識と心の余裕すら無い)で、笑った時に見える歯も虫歯だらけ、銀歯だらけで、「精神と肉体の余裕」が無いですね。本当の先進国になれるように変えて行きたいね。