収穫の苦労に想いを馳せて


昨日「類は友を呼ぶ。友あり遠方より来たる。また楽しからずや。(←この友は、旧知の人という意味ではありません。価値観や哲学を同じくする人なら初対面でも友なんですよ)」の話をしましたが、今日もその「友」から素晴らしい作品を頂戴しました。

笹山からお見えのお客様から「裏で取れたので持って来ました。奥様にご迷惑じゃ無ければ良いのですが。」との短いコメントを添えて、正真正銘の丹波栗を頂戴したのです。溢れるほどの数、しかも大粒揃いです。

私は田舎育ちですので、子供の頃には友人と山に行って栗を拾っていました。ですから、あのトゲトゲから栗の実を取り出す作業の痛さや、一生懸命取り出しても親指の爪のようなサイズだったり虫が食っていたりと、栗拾いの苦労を良く知っています。

虫に刺されながら山に入って、苦労してたくさんたくさん拾って、その中から人に上げるために大粒で奇麗なものだけ選別して、残りの痩せた実は家族が食べるのです。その事が痛いほどわかるので、これ(美しい栗と美しい気持ちの両方)を頂戴した時の嬉しさはひとしおでした。本当に有難うございました。